武蔵野コンフィデンシャル

物書き岩戸の日常と身の回りを綴ります。

Tuesday, March 14, 2006

パーカー51



最近、万年筆マニアだと紹介されることがあった。
マニアかどうかは知らないけど、万年筆は好きでかなりの数をもっている。
まあ物書きという商売だから、筆記具はお守りみたいなものでもあるのだ。

で、ちょっと大事にしている万年筆のことを書きたい。
8~9年ほど前にニューヨークで買った古いパーカー51のことである。
1万円前後だったと思うけど、はっきりとは覚えていない。
パーカー51が発売されたのは1941年、太平洋戦争が勃発した年である。
その後、改良を施し続けながら、ずいぶん長い間販売し続けられた。
だから世界でもっとも成功した万年筆とも言われている。
僕が十代の頃はこの万年筆が入学祝いに贈られたもんだった。
写真で見ると判るけど、 ペン先はボディに隠されていて、ちょこっとだけ出ているだけだ。
それが当時の僕にはすごく不満だったんである。

僕はクラッシックなペン先が露出したヤツが欲しかったんだなあ。
なんだか、51はモダン過ぎて嫌だった。
それに世界的に51のまねをしたモデルで溢れていて、
このスタイルはつまらないありふれた物でしかなかったんだ。
だから貰ったヤツもほとんど使わないでしまったまんま、どこへいったかもわからない。
でもペン先がきっちり露出した物なんて、ものすごく高くて手が出なかった。
だいたい高校生は万年筆なんて使わないんだもんなあ。
東京に出てきて、アルバイトで貯めた金を握りしめて、
速攻御徒町へ行き、軸が茶マーブルのペリカンの万年筆を買った……。
ずいぶん使ったけど、結局、どこかで落としちゃったんだ。

それ以降、使ってきたのはペン先が露出したヤツばかり。
モンブラン、シェーファー、オマス、ビスコンティー……。

でもね。年を取ると、そんな51が懐かしくなっちゃうんだなあ。
欲しくて欲しくて、ニューヨークで探したってワケである。
ビレッジのビンテージ万年筆ショップですぐに見つかった。
ものすごい数が流通したものだから、値段もとてもリーズナブルだった。

日本に帰ってすぐに老舗の万年筆店でメンテナンスをしてもらった。
「これはあまり使ってませんね。この頃のものは材質に妥協がないんで、一生使えますよ」
とご主人が言ってくれたのもとても嬉しかった。
僕の51をカタログでチェックしてみたところ、
50年代のもので僕が生まれる数年前のものらしい。
日本が一生懸命で、とても幸せだった頃の万年筆だ。

今は記念モデルとして数年前に再生産されたヤツとこれの2本の51を所持している。
日常的に使ってるのはペリカンの2千円もしない、学童用の万年筆なんだけどさ(笑)。
でも万年筆は良い物です。
旅先で絵はがきにペンを走らせていると、ホントに旅人の気分になるんだから……。

1 Comments:

At 7:37 AM, Blogger いわと said...

リルさんどうもです。

パリ、カルチェラタンのカフェで文豪を気取り、万年筆で原稿を書いたことがありました(大バカ……笑)。なかなか気持ちよかったし、楽しかったです。

それから僕は昔のアメリカの姿に実際接したわけじゃないですが、小説を読んだり映画を見たりして知っているアメリカと今のアメリカが同じ国だとは信じられません(笑)。

 

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