武蔵野コンフィデンシャル

物書き岩戸の日常と身の回りを綴ります。

Friday, March 17, 2006

ゲイルスバーグ



……そして焼き付く夏の日々を、また秋を、街路につらなる並木の黒い枝々に雪の降り積もる冬の日を、私は愛する……(ジャック・フィニィ『ゲイルスバーグの春を愛す』福島正実訳より)

「ゲイルスバーグってさ」
とその人は言った。僕は聞き返した。
「ゲイルスバーグって、『ゲイルスバーグの春を愛す』のゲイルスバーグ?」
その通りだった。その人はあのゲイルスバーグからやってきたのだった。

ゲイルスバーグ……。シカゴからアムトラックに乗って4時間ほど西に行ったところにある。ミシシッピー川に近い、イリノイ州の西のはずれの小さな街。
『ゲイルスバーグの春を愛す』はその街にあるノックスカレッジの学生だったジャック・フィニィによって描かれたファンタジーだ。ジャック・フィニィはペーパーバックノベル作家でアメリカではあまり評価されていないが、日本ではとても人気がある。かく言う僕も彼の作品を愛する一人だ。『ゲイルスバーグの春を愛す』は僕が18の時に日本で出版されているが、手に取ったのは20歳の時だった。その後、僕がゲイルスバーグを幾度も訪れることになるとは、その時には想像もしていなかった。

「そうかね、ジャックはそんなに日本で人気があるのかね」
終戦後からゲイルスバーグに住んでいる、ノックスカレッジの日系の老教授は愉快そうに笑った。
「そういえば、昔、日本人女性がこの町を訪ねてきたことがあったよ」
どこへ行って良いのか途方に暮れる彼女を見て街の人が、日本語を話すことが出来る教授に電話してきたのだという。ゲイルスバーグは時々、ファンタジー漫画の舞台として描かれている。この街を訪れたという日本人女性は多分そんな作品の一つを読んで、やってきたのだろう。
でもこの街にあるまともなホテルは一軒だけだ。それもチェーンのモーテルで、かなりくたびれている。

ゲイルスバーグを初めて訪れることになった時、僕だってドキドキしたものだ。だってあのゲイルスバーグに行くんだもの!!
春3月。シカゴのセントラルステーションを出発したアムトラックは、ときめく僕を乗せて夕焼けの大地を走っていったのである。
でもね着いてみたら、そこにあったのはなんだか西部劇に出てきそうな通りだけバカっ広い、ほらよくアメリカ映画に出てくるような空疎な街並みだったんだ。メインのストリートはほとんどシャッター通りだ。郊外に出来たショッピングコンプレックスにお客を取られてしまったということだった。駅の近くにある街一番のカフェ、『ランドマーク』で自慢のスピナッチビスク(まあ、ほうれん草のポタージュだね)を食べた。でもこれが、ちょっと時間が経つとバターがもの凄い勢いで湧いてくる、恐ろしい物だったんだよね。

次に訪れたのは9月のこと。シカゴから車で行った。かかった時間はアムトラックと同じくらい。でもこの時は素敵だった。金色に輝く大豆畑!! まるでオズの魔法使いのドロシーやかかしや、ブリキの木こりや、臆病なライオンが姿を現しそうだった。そして空にはなんと複葉機までもが飛んでいた。この季節には複葉機のフェスティバルが開かれるのだと言うことだった。

この時の僕の気分はまるで、レイ・ブラッドベリの『タンポポのお酒』の主人公・ダグラス少年みたいだったんだ……(ブラッドベリはシカゴの北にあるワキガンという街の出身である)。

僕が20の時に買った『ゲイルスバーグの春を愛す』の単行本は、ゲイルスバーグからやってきた人のもとにある。

1 Comments:

At 11:13 PM, Blogger いわと said...

ああ……、リルさんだとゲイルスバーグを舞台にした漫画とか知ってると思ったんだけど、あんまりメジャーじゃないのね。そっかー(笑)。

 

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